あなたは恵みを年の冠とされます。あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています

詩編65:12

「あなたは恵みを年の冠とされます。あなたの過ぎ行かれる跡には油が滴っています。」

 皆さんは、お米が好きですか。パンや麺類が好きでしょうか。それらは、稲や麦といった穀物が育たなければ食べられません。私たちの多くは肉も食べます。豚、牛、鶏などの家畜の肉です。草が育たないと家畜は育たず、私たちも肉を食べられません。では穀物や草を私たちが作れるかというと、育てることはできても、ゼロから「作る」ことはできません。さらに、育てるには良い土や、雨や、太陽の光が必要ですが、それらも人間がゼロから「作る」ことはできません。雨が降らなければ穀物も草も育たず、食べ物はとれず、私たちも動物も、生きてはいけないのです。

 雨が降り、穀物や草が育ち、私たちが食べ物をいただけるって、何とすごいことでしょう。それは神様からの贈り物なのです。詩編65編の終わりの部分は、そのことで、神様をほめたたえています。神様は、田んぼや畑のお世話をする農家の人のように、天の世界から地上に降り立って、この世界に水を注ぎ、大地が豊かに作物をもたらすようにしてくださいます。

 12節には「あなたは恵みを年の冠とされます。」とありますね。冠というのは特別な飾りです。神様が「人に」冠をかぶせてくださるとしたら、それは、神様がその人に何か特別に良いものをくださる、ということです。神さまは「年」、一年、また一年という、私たちがその中を生きていく時間にも、冠をかぶせてくださる。「恵み」という冠を。神様は私たちの生きている今という時に、私たちの人生全体に、冠をかぶせるように、恵みをくださっています。雨が降り、穀物や草が育ち、食べ物をいただいて私たちが生きていられるのは、当り前のことではなく、すべて神様の「恵み」によるのです。神様に心からの感謝をささげましょう。 (松谷祐二)