ユダヤ人や改宗者、クレタ人やアラビア人もいるのに、彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは

使徒言行録2:11

「ユダヤ人や改宗者、クレタ人やアラビア人もいるのに、彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

 イエス様の時代、ユダヤ人にとって、エルサレムはと、そこにある立派な神殿は、心のよりどころでした。でも、ユダヤ人でも、何百年も前から外国で暮らすようになっていた人々がたくさんいました。日常会話も外国語です。それでも彼らは、先祖が昔住んでいたユダヤの国のことを聞いて育ち、エルサレムに憧れました。エルサレムに行って、神殿に入って、ヘブライ語で礼拝をしたら、きっと神様をすごく近く感じられるにちがいない。無理をして外国からユダヤに帰ってきてエルサレムに住んだユダヤ人や、一年に何度かの大きな祭りの時だけでも、エルサレムに行って礼拝しようとするユダヤ人が多かったそうです。

 イエス様が十字架にかけられてから五十日目。大きな祭りで、たくさんのユダヤ人が外国からエルサレムに戻ってきていた、その日。町の一角、一軒の家で、ものすごい音がしました。雷が落ちたような、竜巻が襲ってきたような。人々が驚いて集まってみると、いろいろな外国の言葉が聞こえてきます。その家にいたイエス様の弟子たちが、聖霊に満たされて、口々に外国語で話しています。ヘブライ語ではなく外国語で、帰ってきたユダヤ人たちがそれぞれ使いなれた言葉で。だから、どの外国から来た人にも、話の内容が分かりました。イエス様の話です。神さまがイエス様によって、私たちを救ってくださる、という話です。聖霊が弟子たちの心を開き、その口を開いてくださったからこそ、どの国の人でも、自分の分かる言葉で、イエス様の話を聞けたのです。これからイエス様のことが世界中に伝えられていき、日本の私たちのところにまで伝えられる、その始まりの出来事でした。聖霊は今でも、私たちの心を開き、口を開いてくださるのです。(松谷祐二)